5. 市中感染症①
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1. 感染症とは何か。「もの」と「こと」とは区別しよう
しかし、感染症「そのもの」ではない
微生物の定義は難しい
とても小さな生物を指すことが示唆される
しかし、感染症の世界では肉眼で見ることができる蠕虫も扱う ここには恣意性があり、厳密な「定義」にこだわるとわかりにくくなる
マラリア原虫という微生物を蚊が媒介して感染して起きる病気だということがわかっている イタリア語mala aria(悪い空気)が語源
昔の人はマラリアは空気が悪くなると起きると信じていた
イタリア語influentiza(英語でinfluence, 影響)が語源
16世紀頃、人々は「天体の影響」でインフルエンザが起きると信じていた
イタリアは11世紀に世界最古の大学を作っており、当時の学問をリードしていたのかもしれない
彼はレンズを磨き、光学顕微鏡を開発し、そして微生物を観察してスケッチした 同時代のデルフト出身者にはあのフェルメールがおり、30数点しかない彼の絵画の一つ「天文学者」のモデルはレーウェンフックだったという説がある 「微生物」が感染症の原因になると初めて証明したのは、微生物学史上最大の巨人の一人、ロベルト・コッホ(1843-1910) コッホは炭疽菌を研究し、炭疽という感染症の原因となることを突き止めた 1876年、コッホは炭疽菌を炭疽に罹患した実験動物から抽出・分離し、その炭疽菌を別の動物に感染させて同じ病気を起こし、さらにその動物から炭疽菌を分離した
つまり、以下の条件を満たすことで、微生物こそがその病気の原因であることを「証明」した(コッホの原則) 1) 病気の患者(患畜)から一定の微生物が見いだされる
2) その微生物を分離できる
3) その分離微生物を他の動物に感染させて同じ病気を起こす
4) その病気を起こした動物から同じ微生物を分離できる
「炭疽」の由来
炭: 皮膚病変が炭のように真っ黒だから
疽: 皮膚病等
炭疽は大きく分けると三種類
よく「肺炭疽」と呼ばれることがあるが、実際には吸入した炭疽菌は縦隔(肺と肺の間)のリンパ節等に感染し、肺「そのもの」に感染することはまれなので、ミスノマー(名前の付け間違え) 現在では、コッホのシンプルな「原則」が通用しないことも多いことがわかっている
原因微生物を感染させても発病しなかったりするなど、例外事項も多い
レーウェンフックは微生物という「モノ」を発見し、コッホはその「モノ」が「コト」=感染症の原因になることを証明した
かつて感染症はマラリアにせよ、インフルエンザにせよ「現象」であった
熱が出たり、黄疸が出たり、筋肉痛が出たりという現象すなわち「コト」
微生物「モノ」と感染症「コト」の区別がついていない人があまりにも多い
これは現場にフィットしたリアルな問題
MRSAそのもは病気ではない
「MRSAの検査をしてください」という「治療」を依頼される
病人を治療するが、病気じゃない人は治療しない。するわけがない。
MRSAが体にくっついているだけでは「病気」とは呼ばない
病気という現象は起こっていない
しかし、多くの人は体にMRSAという「モノ」がくっついているだけでその人を病人扱いにし、治療を強要しようとする
微生物という「モノ」がそこにいることと、感染症という「コト」が起きているのは同じことではない
微生物という「モノ」は感染症という「コト」の原因だが、「モノ」=「コト」ではない
コッホの時代には「モノ」=「コト」でもそんなに問題はなかった
19世紀、20世紀の感染症の世界観
マラリア対策はほぼ「マラリア原虫対策」と同義であり、結核対策は「結核菌対策」とほぼ同義
マラリア対策の専門家はマラリア原虫の研究者であり、結核対策の専門家は結核菌の研究者だった
世界的に非常に影響力の大きなこれらの感染症は「大体」毎年100万人前後の人名を奪っている
ただし、マラリアの死亡者数は近年減少している
2015年は50万人以下
予防と治療が流行国で普及しつつある
近年、古典的な3大感染症以外にも毎年100万人くらいの人命を世界で奪っている疾患が問題視されている
AIDS6位、結核も近年死亡数が減少してランク外、前述のマラリアもランク外
「肺炎」「下痢」という現象=「コト」に1対1で対応する微生物は存在しない 「下痢」も同様で、原因微生物は多種多様で、潰瘍性大腸炎のような微生物以外の下痢症も多い 同じモノであっても、様々なコト=現象が起きることもわかってきた
しかし、喘息や肥満等リスク因子を持つ患者では重症化し、時に死亡例もあった その一方、多くの子どもは不顕性感染、つまり熱も咳も何も起きなかったけれどもウイルスには感染していた、という事態も認められた 同じウイルスでも、起きる「コト」=現象は千差万別
2. 市中感染症とは何か。院内感染とどこが違う?
病院で起きる感染症のこと(厳密な定義は若干違うが、このような理解で差し支えない)
院内感染ではない感染症のこと
なぜ院内感染と市中感染の区別が必要か
原因微生物の違い
感染症の原因は100%微生物
その微生物の特徴が「院内」と「院外」=市中感染とは異なる
細菌は使用される抗菌薬に耐性を獲得する性質を持っている
したがって、抗菌薬の有効性を保持しようとするならば、その抗菌薬をできるだけ使わないのが正しい
患者の違い
入院患者はそうでない患者よりも深刻
免疫力は低下しており、通常の患者では病気を起こさないような「弱毒菌」でも感染症を起こしてしまう 微生物だけでなく、患者(免疫学的には「ホスト」とも呼ぶ)も見なくてはいけない 両者をきちんと区別するということが重要
「退院したばかりの患者」は臨床的には「院内感染」のカテゴリーに属する
体についている微生物は病院内のもので、自身の免疫力もどちらかといえば入院患者のそれに近いから
ということは「最近の入院歴」をきちんときかない限り、市中感染と院内感染を峻別することは不可能
3. 現象からアプローチする。これが感染症をみる基本
実際に感染症を診療していくときに大事なのは「現象」=「コト」からアプローチすること
スタート地点は常に「現象」で、微生物ではない
炎症とは熱くて、腫れてて、赤くて、痛い…そういう現象
ただし、炎症が起きていても感染症でないこともある
がんでも熱が出ることがあり、炎症のように見えることがある 痛風のような結晶を作る病気、薬剤熱のような薬の副作用、血栓症のような血が詰まる病気でも炎症が起きることもある 炎症「だけ」を観察して、抗菌薬を使ってしまう医者は多い 炎症を観察する方法は色々あるが、日本の医者は特に血液検査を使うことが多い しかし、それが感染症であるという保証はどこにもない
また、炎症が起きていなくても感染症のこともある
筋肉の過剰な収縮
筋肉が完全にだらりとしてしまう
両者においては炎症は起きず、熱もない
感染症らしく見えないこともあり、しばしば見逃されている
4. 感染臓器に注目する。解剖学って大事だよ
「熱」「だるさ」「食欲不振」は感染臓器を教えてくれない
抗菌薬の多くは口から飲んだり、点滴で静脈注射するから全身に回りそうなもので、「どこ」に感染しているかという情報(トポロジー)は一見、関係なさそうに思えるが、実際には大いにある 第一に、感染臓器によって微生物はだいたい当たりをつけることができる
尿路感染の原因は大多数が大腸菌で、肺炎球菌やインフルエンザ菌が尿路感染を起こすことはまずない
確かに、古典的な「肺炎」=「一つの微生物」という1対1対応は存在しないのだが、トポロジーと微生物の間には緩やかな関係性がある
これを把握することが診療上とても重要
第二に、抗菌薬
確かに口から飲んだり点滴で注射した抗菌薬は「原則」全身に回っていく
もちろんピンポイントで用いる抗菌薬もあるが、感染症診療において特においのは、経口あるいは頸静脈の「全身投与」 しかし、「原則」には必ず「例外」が存在する
一般に全身に回っていく抗菌薬も回りにくい部位がある
こうした臓器に抗菌薬が届く度合い
例えば、セファゾリンという抗菌薬は「脳」への移行性が悪く、髄膜炎のような「頭の感染症」には用いない 第三に、感染臓器と治療期間の関係
治療期間は曲者で、何日抗菌薬を用いるかという問題は臨床上重要な問題
その割に学問的なデータが多くない
多くの場合は、専門家の「大体のさじ加減」なのが現状
大体の傾向はある
市中肺炎の治療は「大体」1週間前後になることが多い
しかし心臓の感染症(心内膜炎)だと、そのような短い治療では治癒する可能性が低く、再発しやすい よって4週間やそれ以上の「長期の治療」が必要になる
よく専門家の間でも「抗菌薬は短く使うか、長く使うか」という命題で議論されることがあるが、それは「どの」感染症の話をしているかによって決まる
この意味するところは重要
もし目の前の患者が心内膜炎を起こしているのに、主治医がそれを「肺炎」と勘違いしていたら、治療はうまくいかない可能性が高い
最近では、抗菌薬の使用期間に関する研究も増えてきた
市中肺炎であれば、患者の改善が早ければ最低5日間の治療期間でもよいだろう、というデータが最近発表されている
今後も各感染症に対する抗菌薬試用期間に関するエビデンスは増えていくはずだ
実は長い間日本の医者は「感染臓器」に無関心であった
一つには、日本の「感染症専門家」は長らく「微生物専門家」であり、実際には患者を見ない基礎医学の専門家であったため さらに、日本の医学は臓器別に分断され縦割りになった「医局制度」をとっており、「自分の臓器」以外になんら関心がなかったこともある とはいえ、ことはそう簡単ではない
脳腫瘍の患者だって、術後に肺炎や尿路感染を起こすから
「脳」だけを見ていても優秀な脳外科医にはなれない所以だが、長らく日本は「そういう感じ」であった
さらに日本においては伝統的に3つのパラメーターを用いて感染症を診断、吟味していた
感染症が発症すると、典型的にこの3つが異常となる
しかし、少し考えてみれば分かることだが、この3つをいくら吟味したところで、感染臓器は(後述する原因微生物も)分からないのである
熱、白血球数、CRPをしすぎて感染臓器や原因微生物を無視する傾向の残滓は、いまだに日本の医療現場に色濃く残っている
感染臓器の特定は、患者との会話(問診)、身体診察、そして血液検査や画像検査を組み合わせて行う
「咳をしている」といえば、気道感染症(肺炎とか)を示唆するし、触診で腎臓あたりに痛みがあれば、尿路感染が示唆される 血液検査で肝機能異常があれば、肝炎や胆管炎の可能性が高まるし、CTで頭に膿瘍を見つければ、これは脳膿瘍という診断となる とはいえ、そうすんなりいかないことも多いのが臨床現場の難しいところ
高齢者の尿路感染の主訴は、しばしば「意識障害」で頭(脳)の病気と間違えられる 心内膜炎で心臓の弁が破壊されると肺水腫の原因となり、胸を聴診すると肺炎のような異常音(クラックル)が聞こえる 肺炎が重症化して「重症敗血症」と呼ばれる状態になるとしばしば肝機能が悪くなり「やや、肝炎か」と勘違いされる 「実際に起きている現象」と「表面的に観察される表象」に微妙なズレが生じている
こうしたことに気をつけていないと、とんだところで足元をすくわれる
5. 原因微生物に注目する。見つける方法は基本3つ
感染臓器に当たりをつけたら、次に原因微生物
見つける方法は主に3つ
原因微生物探しのスタンダード
長所
微生物名や効果のある抗菌薬名を知ることができる(感受性試験) 欠点
時間や手間がかかり、即座に答えを教えてくれないこと
培地検査で微生物が見つかったとしても、それが感染症の原因とは限らない
間違えるパターンは基本2つ
感染臓器には微生物がいないのに、検体採取時に間違って紛れ込んでしまうこと
血液培養時、注射での採血で皮膚の消毒はしているのだが、それでもときどき皮膚上の常在菌が混入する
この菌は血液の中にいないのに血液培養から検出される
感染臓器に微生物はいるが、その微生物は病気を起こしていない時
糖尿病患者の膀胱内には細菌が増殖しやすい
しかし、菌はそこにいても病気を起こしていないことも多い(無症候性細菌尿) 尿培養をすれば尿の中にある細菌が検出されるが、患者には感染症はない
パターンとしては4つのパターンが得られる
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長所
迅速性
検体採取後10分程度で結果を得ることができる
培地検査に比べて特異度が高い
培地検査が陽性でも、その菌が感染症の原因とは断定しがたいが、グラム染色で原因菌と判断された場合は、その菌が原因である可能性はとても高い
欠点
菌名を正確に言い当てることは時に困難
抗菌薬の感受性については全く分からない
グラム染色の判定には「練度」が必要で、誰でも簡単にできるというものではない
グラム染色は基本的に形態診断なので、検査陽性か否か、という二元論が使えない 例えば、テレビで「タモリ」の顔を見てそれを「タモリ」と判断できる能力のこと
二元論やスコアリングでは判定できない
サングラスをかけているか?(Yes, No)とか、唇の横径といった要素の数値化とかで「タモリ」を同定する人物はいまい
「その他」の検査
それぞれの検査に異なる特徴があり、一般化はしづらい
例えば、遺伝子検査の典型であるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は非常に鋭敏な検査であるような印象があるが、結核菌のPCRは概して感度が低く、菌を見つけられない(偽陰性)ことも多い 「その他」の検査は、それぞれ個別に勉強するのが肝心
原因微生物の検索は、上記3つの検査の長所、欠点をよく理解して、これらを組み合わせて行う
6. 抗菌薬治療の原則。利点と欠点を理解しよう
6-1. その抗菌薬は原因微生物に活性がなければいけない
効かない抗菌薬は効かない
「もともと効かない」場合
抗菌薬が効くか効かないかは、予備知識から事前にわかることもあるし、培養検査に伴う薬剤感受性試験で測定することもある 6-2. その抗菌薬は感染臓器に到達し、そこで抗菌効果を発揮しなければならない
届かない抗菌薬は届かない
また、感染臓器に到達してもそこで効力を失ってしまう抗菌薬もある
6-3. その抗菌薬は、適切な投与量、適切な投与間隔、そして適切な投与期間用いられなければならない
投与期間については既に述べた
何g, 何時間おきに投与するかは、各抗菌薬においてそれぞれ薬理学的に決定され、これをいい加減にしていると(たとえ抗菌活性があっても)感染症の治療は失敗する
特に日本の抗菌薬の古い添付文書では、薬理学的に適切な投与量や投与期間が記載されていないことが多く、注意が必要
6-4. 感染症を診断する
ここができていないことが多い
「熱、白血球、CRP」だけで抗菌薬を使ってしまう医者は今でも多い
感染臓器、原因微生物をきちんと突き止めることは極めて重要
抗菌薬を用いてしまうと、培養検査やグラム染色は正しい結果を出せなくなってしまうことが多い
これらの検査は、治療を始める「前」に行っておくことが極めて重要
特に日本では、血液培養の無施行が多いのが問題
6-5. 必要な微生物「だけ」治療する
培養検査には時間がかかるため、初期治療でピンポイントで狙った微生物「だけ」殺すのは簡単ではない(不可能でもない)
その後、培養検査で原因微生物名がわかり、抗菌薬の感受性が分かれば、その菌にターゲットを絞ってより「狭い」(ほかの菌を殺さない)抗菌薬にスイッチする(mtane0412.icon標準治療)
デエスカレーションは余計な菌を殺して耐性菌を増やしたり、患者への副作用をへらすために行う
デエスカレーションは「抗菌薬を使いすぎず、かつ患者治療を失敗しない」という一見、相反する2つの目標を達成するために編み出された治療戦略
その有効性や安全性についてはまだ議論の余地があるが、細菌おこなった我々のメタ分析でも、デエスカレーションは患者の死亡率を高めることなく行われる可能性が高いことが示されている 6-6. 患者を吟味する
これが一番重要であるが、案外ここがおざなりになっていることが多い
腎機能の悪い患者に、腎毒性の強い抗菌薬を用いるのははばかられる 高齢者は特に腎不全を起こしやすいので要注意
腎機能が悪い場合、腎臓から排泄される抗菌薬の血中濃度が上がりすぎることもあり、量の調節が必要になることも多い
妊婦や新生児では使えない抗菌薬もある
こういった属性に配慮することも大事
逆に、妊婦においても安全に使える抗菌薬を知っておくことも大切
最近は、妊婦でも実は安全につかえる薬が多いことがわかってきており、なんでもかんでも妊婦を特別扱いしてはならないことがわかってきた
先天的な免疫抑制者もいるし、エイズのようにあとから病気で免疫抑制が起きることもある これらの患者では感染症は起きやすく、普通起きない特殊な感染症が起きやすく、またその感染症は治りにくい
各免疫抑制の特徴をよく理解しておくことが大事になる
患者の重症度は重要
患者が「死にそうに」なっている場合、少しの見逃しも文字通り命取りになる
抗菌薬は広め、多め、強めになる
軽症患者の場合、抗菌薬なしで自然治癒することも多いし、使うとしても狭め、少なめで良いことも多い
ということは、「死にそうな」患者とはどんな患者かを判定できなければならない
なかなか難しいが、ざっくり3つ
e.g. 喋れないなど
e.g. 血圧低下、呼吸数の上昇など
簡単に言えば「意識」と「バイタルサイン」だけで患者の重症度を判定する便利な方法(検査は一つも必要ない)
患者の属性は感染症の診断にも役立つ
海外渡航歴を知らなければ、マラリアの診断はできないだろう(日本にはマラリア原虫はいない)
性交渉の情報なしでは、セックスで感染する性感染症、たとえばHIV感染や梅毒を見つけられないかもしれない 家族みんながインフルエンザになった患者が熱を出して喉が痛ければ、それはインフルエンザ
学校で百日咳が流行っていて、そこの学生の咳が止まらなければ、それは(たいてい)百日咳